ウィーン国立歌劇場

オーストリアのウィーンにある歌劇場。1920年まではウィーン宮廷歌劇場と呼ばれていた。レパートリーシステムをとる。
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ウィーンがドイツから北イタリアにまたがる神聖ローマ帝国の首都であったため、ドイツ・オペラのみならずイタリア・オペラにとっても中心地であったことと、専属オーケストラであるウィーン国立歌劇場管弦楽団が、世界最高のオーケストラであるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の母体であることからもわかるように、世界最高の歌劇場。

歌劇場ではオペラやバレエの上演のほか、何十年にもわたって上流階級によるオペラ座舞踏会にも使用されてきた。

歌劇場の聖地☆☆☆

リエンツ

リエンツ(Lienz)は、オーストリアのチロル州リエンツ郡の 基礎自治体 ( ゲマインデ ) 。チロル州の飛び地である東チロル地方の中心の町。人口約13,000人。登山とスキーなどリゾート地としてにぎわう。

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この町の北側にはオーストリア最高峰のグロスグロックナー山( 3,797 m)がそびえ立ち、雄大な山岳地帯、アルペンルート近くにあり、素朴でこぢんまりとした市街地を形成している地方都市である。南に行けば、イタリア国境で、南チロルに至る、古来からイタリア、ローマに向かう交通の要衝である峠となる。以前はオーストリアの領地であった南チロルがイタリアに割譲されたが、このリエンツは、今ではオーストリアの山岳地帯の南端にあたる。町を見下ろすブルック城は、ゲルツ(Görz)侯の居城であったが、現在は東チロル郷土博物館(Osttiroler Heimatmuseum)となって公開されている。そこには、東チロル地方に伝わる民芸品や民族資料や侯家伝来の収集品やこのリエンツ出身の農民画家アルビン・エッガー・リエンツ(Albin Egger-Lienz)の作品も展示されている。

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オーストラリアとの混同

オーストリアはしばしばオーストラリアと間違われるが、オーストラリアはラテン語で「南の地」に由来し、オーストリアとは語源的にも無関係である。しかし、綴りや発音が似ているため、多くの国でオーストリアはオーストラリアと混同されている。

オーストリア大使館とオーストラリア大使館を間違える人もおり、東京都港区元麻布のオーストリア大使館には、同じく港区三田の「オーストラリア大使館」への地図が掲げられている。

2005年日本国際博覧会(愛知万博)のオーストリア・パビリオンで配布された冊子では、日本人にオーストラリアとしばしば混同されることを取り上げ、オーストリアを「オース鳥ア」、オーストラリアを「オース虎リア」と覚える様に呼びかけている。

両国名の混同は日本だけではなく英語圏の国にも広く見られ、聞き取りにくい場合は"European"(ヨーロッパのオーストリア)が付け加える場合がある。しばしばジョークなどに登場し、オーストリアの土産物屋などでは、黄色い◆型にカンガルーのシルエットを黒く描いた「カンガルーに注意」を意味するオーストラリアの道路標識に、「NO KANGAROOS IN AUSTRIA (オーストリアにカンガルーはいない)」と書き加えたデザインのTシャツなどが売られている。

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ウィーン

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都市単独で一つの連邦州である。クラシック音楽が盛んで「音楽の都」・「楽都」とも呼ばれる欧州有数の世界都市である。

日本語ではウィーンと表記・発音するが、標準ドイツ語でのWの発音は [v] であり、ヴィーンである。バイエルン・オーストリア語ではWean、英語ではヴィエナ (Vienna), フランス語ではヴィエンヌ (Vienne) となる。なお、漢字による当て字は維納。

この町の歴史は、神聖ローマ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の支配者となったハプスブルク家と重なり合う。ハプスブルク家が絶大な権力を握った時代、「音楽の都」とも呼ばれたウィーンでは、モーツァールト、ハイドン、ベートーヴェンらが活躍した。しかし、ウィーンが真に芸術の都たる底力を見せつけたのは、19世紀の末でハプスブルク家の時代は遠くに去り、政治的にも混乱していたこの時期に、退廃的ともいえる世紀末芸術が華開く。絵画ではクリムトやシーレ、音楽ではシェーンベルクらがいる。そして、現在目にできる名建築の大部分もまた、この時代に造られた。

ノイジードル湖

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中央ヨーロッパで二番目に大きいステップ湖である。オーストリアとハンガリーにまたがり、ドイツ語ではノイジードル湖、マジャール語ではフェルテー湖(Fertő tó)と呼ばれる。湖の表面積は315 km² で、うち240 km²がオーストリア領に、残る75 km²がハンガリー領に、それぞれ属している。

集水域は約1120 km²である。南北に約36 km伸びており、東西の幅はおよそ6kmから12kmの間である。アドリア海からの平均の海抜は115.45mで、水深は深いところでも1.8mしかない。

ノイジードル湖地方は観光客も多く訪れる。湖は「ウィーンっ子の海」としても知られ、ヨットやウィンドサーフィン、釣りなどが出来る。しかし、低水位であるため問題もあり、船底が湖底にぶつかることなど日常的に起こるし、係留所が一時的に使えなくなることも起こりうる。

他方で、この浅さのおかげで年間行事であるメルビッシュからイルミッツへのフリースタイルの横断水泳大会は、比較的やりやすいのである。2004年に再興されたこの大会は、身長160cm以上なら誰でも参加して泳ぐことができる。

ハンガリーとオーストリアの境目に位置するこの湖の周辺は、古来、様々な文化の交流する地域であった。登録に当たっては自然環境そのものよりも、そうした周辺の農業景観や近代の宮殿などが織りなす独特の文化的景観が評価され、世界文化遺産として登録された。